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国史千早城跡

国史千早城跡

 千早城は、元弘2年(1332)の楠木正成の挙兵時、楠木城(上赤坂城)とともに中心的山城として用いられました。

 千早城は、本村の千早集落を見下ろす場所に位置する山城です。ちょうど千早地区の駐在所がある付近から山頂へ長い石段が続いていますが、その石段を登りきると平らな広場に到着します。この平らな広場は「第4郭(四の丸)」と呼ばれる、「曲輪」(くるわ)と呼ばれる人工的に平坦にした部分です。

 そこからさらに奥へ進んでいくと千早神社が鎮座していますが、その御社の裏側、一番高い部分が「主郭(本丸)」と考えられている場所です。

 『太平記』にも記述されていますが、千早城は激しい籠城戦にもかかわらず、落城しなかった山城です。このことは、現地を訪れると、その急な斜面地形から、「なるほど」と納得することができます。

 昭和9年3月13日に楠木城跡(上赤坂城跡)、赤阪城跡(下赤坂城跡)とともに国史跡に指定されています。

 

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